AI活用事例カタログ
「どのツールが使えるか」ではなく「誰が何をして、どうなったか」を集める。
確度の表記: A 一次情報(公式・実名) / B 実名だが二次情報 / C 匿名・出典が弱い
数字の派手さと確度は反比例する。 このカタログで最も派手な「90%削減」は匿名で、 実名の楽天は「新機能の導入時間を80%短縮」と対象を限定している。読むときはここに注意する。
Google Workspace(確度A・18社)
Google 公式の事例集。全34社のうち、記事本文で運用の中身まで書かれているのが18社。 この分野で実名かつ運用の中身まで公開されている一次情報は珍しい。
一覧ページには一行紹介しか無い。「どうやったか」は個別の事例ページにある。 下の表は一覧から取った概要。実施手順まで掘ったものは「深掘り」の節に書く。
| 企業 | 業種 | ツール | 課題・成果 | 運用上の工夫 |
|---|---|---|---|---|
| 星野リゾート ★深掘り | 旅行・観光 | Gemini | 「魅力造成」業務の時間を30%削減 | AIとの協働戦略 |
| ソラスト | 医療・介護・保育 | Workspace, Gemini | 3万人の全従業員が活用 | ナレッジ共有と業務標準化 |
| コープさっぽろ | 生協 | Gemini, AppSheet | 記載なし | 「ITの民主化」で現場職員が開発者に転換 |
| 吉本興業/FANY | メディア | Gemini, GAS | ファンマーケティング高度化 | ツール間連携で**「野良GAS」を解消** |
| コシダカHD | 小売(カラオケ) | Gemini, GAS | 問い合わせ対応の自動化 | 店舗DX加速、セキュリティ強化 |
| 博報堂 | 広告 | 独自ツール, 生成AI | マルチ生成AI活用の浸透 | プロンプト共有と推進事務局の設置 |
| サンエー | 小売 | Gemini | 70店舗の情報ハブ構築 | ゲーム形式の研修で現場改善文化を醸成 |
| NTTドコモ | 通信 | Gemini, NotebookLM | 記載なし | ワークショップで現場の意識を変革 |
| ローム | 半導体 | Gemini | 技術調査を変革(長文脈対応) | 現場主導のナレッジ共有体制 |
| ラクス | ソフトウェア | Gemini | 全方位でのAI活用 | 全社員が「AIを使い倒す」体制 |
| オカモトHD | 製造 | Gemini | 多角化経営の業務標準化 | DX推進専任チームの設置 |
| ビームス | ファッション小売 | Sheets, 生成AI | グローバル連携基盤の確立 | 「情報の民主化」の推進 |
| 八千代エンジニヤリング | 建設コンサル | Gemini, 自動化アプリ | 技術調査を効率化 | 情報収集の自動化と内製化 |
| ライフネット生命 | 金融 | Gemini | AI推進とデータ構造化を両輪に | 全従業員への段階的導入 |
| ケイアイスター不動産 | 不動産 | Gemini | 少人数での顧客対応とガバナンス強化 | コミュニケーション基盤の統合 |
| スタイル・エッジ | 記載なし | Gemini | 情報加工のボトルネック解消 | 既存エコシステムへのAI統合 |
| 京都岡本記念病院 | 医療 | Workspace, SSO | 場所を問わない働き方 | 院内情報共有体制の構築 |
| 青山学院大学 | 教育 | Workspace, LMS | 遠隔下の共同編集で共創促進 | 教育研究基盤の高度化 |
| 船井総研グループ ★深掘り | コンサル | Gemini, NotebookLM | 社内利用率97% | 50名→150名→全社を4か月で |
| LIXIL ★深掘り | 製造 | AppSheet | 全社展開3か月でアプリ1万点超 | 開発は自由・本番は申請制 |
深掘り: 星野リゾート(確度A)
誰が進めたか
- 佐藤 拓也氏 — 情報システムグループ ITサービスマネジメントユニット ユニットディレクター(主導)
- 堀 安優美氏 — OMO5金沢片町 広報(現場での実装)
- 久本 英司氏 — 情報システムグループ グループディレクター(戦略立案)
情シスが主導し、現場に実装担当を置く形。「全社に配って各自で使ってください」ではない。
どういう順序で広めたか
- ユースケースを整理する — 佐藤氏が「業務フローのどこに使うと効果的か」「どう使えばスタッフの負担が減るか」の観点で整理し、ティップスにまとめた
- 対象スタッフにレクチャーする — 「魅力造成」に携わるスタッフに直接教える
- 外部の支援を使う — 「Google Cloud オフィスアワー」でプロンプトの効果的な使い方を学び、Google Cloud チームの支援を受けながら社内普及を進めた
ツールを配る前に、使い方を整理して人に教える工程が入っている。 これが一覧の一行紹介では見えない部分。
何に使ったか
「魅力造成」業務で:
- 企画立案・アイデア出し
- 文書作成
- 写真のイメージ共有
- 文章の校正
その他:
- データ分析(顧客満足調査、宿泊客の分析)
- プログラミングのコード生成(専門知識がなくてもアプリに必要なコードを書ける)
成果
| 文章の校正 | 30分 → 5分程度 |
| 「魅力造成」業務全体 | 約30%削減 |
| 現場の声 | 「Gemini を使わなかったら思いつかなかった」 |
「30%削減」の中身が「校正30分→5分」だと分かるのが重要。 数字だけ見ても再現できないが、 何の作業がどれだけ速くなったかが分かれば自分の業務に当てはめられる。
判断の軸(そのまま使える)
「アイデアを広げるのは Gemini、絞るのは人間」と捉えて、Gemini を活用
これが実務で最も使える一文。どの作業を任せてどれを任せないかの線引きになる。
あわせて、「AI が生成した結果が正しいかどうかを見極める知識や判断力を身につけなければならない」 という方針を社内に持たせている。ツールの導入とセットで、検証する文化を作っている。
記載が無かったこと
- 具体的なプロンプトの文面(「一括で翻訳するプロンプトの書き方」のようなTIPSがあると触れているが、中身は非公開)
- つまずいた点・失敗
深掘り: 船井総研グループ(確度A)— 士業・コンサルに最も近い事例
社内 Gemini 利用率 97%。 コンサルティング業なので、顧客の機密情報を扱う点・ 成果物が文書である点で会計事務所と条件が近い。
広め方(4か月で全社導入)
推進役は 石田朝希氏(コーポレートストラテジー部兼DX推進室シニアマネージャー)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 1か月目 | 社内で生成AI活用に積極的な50名を選抜して先行トライアル |
| 2か月目 | 150名に拡大。「AIリテラシーが高くない層も巻き込みながら」徐々に広げる |
| 4か月目 | 全社導入完了 |
いきなり全社に配っていない。積極的な層から始めて、リテラシーの低い層を後から巻き込む順序。
利用促進の施策:
- 部署別説明会
- 社長を含む全社員が参加するユースケース発表会
- コンテスト開催
- トップユーザーによる活用紹介
- ワークショップ
ユースケース発表会は、実際に業務で活用している社員が成功事例を共有することで、 他の社員の導入障壁を下げ、利用意欲を高めることに貢献
具体的な使い方 1: 顧客向けアプリを現場で作る
担当は熊谷俊作氏(DX支援本部)。製造業の顧客で、手書きの作業記録を表計算ソフトに 手入力する作業に時間がかかっていた。
やり方が独特で、顧客の工場に朝から晩まで張り付いて現場を観察し、見つけた要望を その場で Gemini に伝え、生成されたコードを即座にアプリに反映した。
従来なら数か月かかるような開発がその場で実現
結果、顧客の8割がアプリを活用。
具体的な使い方 2: NotebookLM に入れる前の「前処理」
担当は太田純氏(DXエンジニアリンググループ)。独自開発言語の情報が限られ、 高度な技術対応が特定の担当者に依存していた。
ここが実務的に効く工夫:
各情報を AI が読みやすい形式に整形・フォーマットしてから NotebookLM に読み込ませる
そのまま放り込むのではなく、前処理を挟んでいる。
成果:
- スクリプト作成が1日がかり → 5〜10分のケースが出た
- 経験の浅い担当者の質問が「漠然とした相談」から「Gemini が作ったコードを元にレビューを依頼する」 という具体的で高度なものに変化した
つまずいた点(貴重な記述)
現場からこういう声が出ている。
「タブレット入力が二度手間になる」「管理されるようで嫌だ」
対応は、リアルタイムで修正を出し続けることと、作業員一人ひとりにヒアリングを重ねて 「不安や懸念に隠れている要望」を見つけ出すこと。
97%が定着した理由(記事が挙げているもの)
- Gmail / ドライブ / Meet / Chat といった日常的に使うアプリとの連携が容易
- 顧客の決算書やアンケートなど機密情報を安全に扱えるセキュリティ
- 顧客の多くも Gmail やスプレッドシートを使っているので、その延長線上で提案できる
- 成功事例を積極的に共有する社内文化
石田氏本人が「一過性のブームで終わらず利用が定着していることには正直驚いている」と述べている。
記載が無かったこと
導入総コスト、実装スケジュールの詳細、ROI、部門別の利用率内訳、トレーニング時間数。
深掘り: LIXIL(確度A)— 業務改善ツールを現場に作らせる型
AppSheet による「開発の民主化」。業務改善ツールを内製する話としては、 見つけた中で最も具体的。
進め方
推進は Digital 部門(三浦葵氏、稲木柚香氏)。CEO 瀬戸欣哉氏のアドバイスが初期方針を決めた。
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 2021年春 | Digital 部門内の事務スタッフで試験運用 |
| 2021年6月 | 新型コロナワクチン職域接種の予約アプリを開発して実績を作る |
| その後 | 社内有志約250名を「チャンピオン」と命名し、開発・テスト・普及を担当させる |
| 同時期 | 役員全員に「夏休みの宿題」として自分でアプリを開発させた |
「役員に宿題」は、経営層の理解を得る方法としてそのまま真似できる。
ガバナンス(ここが一番参考になる)
野放しにしていない。3つの仕掛けがある。
- 機能制限 — 「複雑な機能についてはあらかじめ使えないようにしました」。 リスクのある機能を最初から触れなくする
- 開発は自由、本番運用は申請制 — 誰でも作ってよいが、本番で使いたければ Digital 部門に申請し、審査を通った「オフィシャルアプリ」だけが本番環境に入る
- 年1回の棚卸し — 利用実績のないアプリを削除する(2024年は約10%を削除)
数字
| チャンピオン250名の時点 | アプリ 500点以上 |
| 全社展開後 わずか3か月 | 10,000点超 |
| うちオフィシャルアプリ | 3,000点超 |
つまずいた点
- 導入初期は「参考になる教材がほとんどなく、AppSheet も英語ベースだったため、かなり不安があった」
- 大規模展開時に「これを管理しきれるのか不安」
- 開発者の異動・退職によるブラックボックス化 ← 内製化の宿命的な問題
一方で「もっと高度なことをやらせてほしい」という従業員の要望が増えたとも書かれている。
残り15社は未深掘り
深掘りしたのは 星野リゾート / 船井総研グループ / LIXIL の3社。 一覧の表に載せた残りはまだ一行紹介のまま。それぞれ個別の事例ページがあり、 同じ深さの情報が取れるはずだが、未着手。
特に掘る価値が高いと思われるもの:
- コシダカHD(Gemini × GAS で問い合わせ対応の自動化)— 個別ページが見つからず、事例集PDF内の可能性
- コープさっぽろ(AppSheet で現場職員が開発者に)— 内製化の進め方
- 吉本興業/FANY(「野良GAS」の解消)— 散らかった自動化をどう整理したか
- 博報堂(プロンプト共有と推進事務局)— 組織的な展開の型
エンジニア業
| 企業 | 内容 | 確度 |
|---|---|---|
| 楽天グループ | Claude Code 活用で新機能の導入時間を80%短縮 | B |
| 日立製作所 | グループ約29万人の全ビジネスプロセスで Claude 等を活用する計画を発表 | B |
| GMOインターネットグループ | 2026年7月、Anthropic と戦略的パートナーシップ締結 | B |
現場で繰り返し報告されているパターン(確度C):
- 既存資料から設計書のドラフトを一括生成。1件ずつ手作業していたものが数倍速に
- CRUD・APIクライアント・バリデーションといったパターン化された実装をほぼ任せる
- 人間は生成物のレビューと、本質的な設計・仕様検討に回る
動画
| 企業 | 内容 | 確度 |
|---|---|---|
| グリーHD | 2026年1月、株主総会の事業報告動画に AIアバター(ブイキューブ)を導入 | B |
| KDDI(au) | 人気CMシリーズをAIアニメ化してブランドイメージを刷新 | B |
| パルコ | 全編AI制作のファッション広告 | B |
グリーの事例は使いどころが良い。 コスト削減ではなく「役員のスケジュールが取れない」 「決算確定後の制作期間が極端に短い」という制約の解決に使っている。
事務・バックオフィス
定番として繰り返し挙がる用途(確度C):
- 議事録 — 録音から自動生成し、決定事項・アクション項目・担当者を抽出
- 請求書・領収書 — AI-OCR で読み取り、クラウド会計へのデータ登録を自動化
- 自律処理 — 経費精算の承認待ち確認、勤怠未入力者への通知、契約更新期限のアラートを 複数エージェントが並行処理する運用モデル
自動化しやすい領域として挙がる10種: 請求書 / メール / レポート / 帳票 / 議事録 / 契約書 / 月次集計 / 週報 / データ照合 / データクレンジング
「年間4,800時間削減」「3〜6週間の導入で月30〜80時間削減」といった数字が出回っているが、 いずれも導入支援会社の宣伝文脈であり確度C。そのまま信じない。
会計事務所 — 実名事例が存在しない
探した範囲で、実名の事例が1件も見つからなかった。
出てくるのは「ある税理士は月次20時間→2時間」「記帳代行を1/10に」「業務時間90%削減」 といった匿名・出典不明の数字ばかり(確度C)。
これは偶然ではないと思われる。顧問先情報の秘匿性が高く、事務所が具体的に公表しにくい領域。
比較的まともだったのはマネーフォワード公式の整理(確度B):
AI-OCR による証憑の自動データ化+自動仕訳と、生成AIによる税法リサーチ・文書起案を 組み合わせることで、1クライアントあたりの月次処理コア工程を約20分に圧縮する段階
これは対象工程が限定されており、検証可能な粒度になっている。
横断して見えるパターン
確度Aの18社を並べると、技術の話をしている事例が一つも無い。 運用の工夫欄を見ると、11社が明示的に組織・運用の話をしている。
| 型 | 事例 |
|---|---|
| 推進体制を作る | 博報堂(推進事務局)、オカモトHD(DX推進専任チーム) |
| 現場の意識を変える | NTTドコモ(ワークショップ)、サンエー(ゲーム形式の研修) |
| 現場が作れるようにする | コープさっぽろ(現場職員が開発者に)、八千代エンジニヤリング(内製化) |
| 共有の仕組みを作る | 博報堂(プロンプト共有)、ローム(現場主導のナレッジ共有) |
| 散らかりを片付ける | 吉本興業(野良GASの解消)、ビームス(情報の民主化) |
成功はツール選定ではなく組織設計で決まっている、というのがこのカタログから読み取れる最も強い信号。
そしてこの観点は、匿名の「90%削減」記事には一切出てこない。 派手な数字を出す記事ほどツールの話しかしていない。
このカタログの限界
- 失敗事例が無い。公表されるのは成功事例だけなので、生存者バイアスがかかっている
- 確度Aの18社はすべて Google の顧客事例であり、Google に有利な選択が入っている
- 会計事務所領域は事例が無いため、他所の真似ができない。自分で作るしかない